格闘技@管理人プロフィール

格闘技と管理人プロフィール



管理人のプロフィールと格闘技オタク歴 こんにちわ、【格闘技@ライフスタイル】の管理人のSANADAです。
1963年9月、東京生まれの東京育ちです。
もうすでに「おじさん」の領域に入っていますが、
見た目はかなり若く見えるようです・・・・(苦笑い)
僕の格闘技のバックボーンは柔道です。
柔道を始めたのは41歳の時でアンチエイジングな奴なんです。


ここでは僕の
格闘技オタク歴/柔道をはじめた理由/黒帯になるまでの歩み
を紹介します。
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◆格闘技以外の趣味◆
サッカー観戦・将棋(初段)・読書・音楽鑑賞・天体鑑賞?です。


※ 小学生〜中学生まで町の少年団倶楽部でサッカーをしていました。
  でもその頃のサッカーは超マイナースポーツだった。
  どのくらいマイナーかと言えば、『ワールドカップ』をテレビ東京
  独占生中継をしていたぐらい・・・・(苦&爆笑)




◆僕の格闘技オタク歴◆


僕の青春はプロレス全盛期
僕は1970年代のプロレス全盛期からの格闘技ファンです。


その頃はまだ現在の「総合格闘技」はと言われるものは
存在していませんでした。


キックボクシングも輝いていた時代です。
漫画「キックの鬼」(梶原一騎原作)も大流行していました。


一方、プロレスではアントニオ猪木の異種格闘技戦シリーズが
行なわれていた時代ですね!


正式名称は『格闘技世界一決定戦』


対戦相手は1976年の柔道家のウイリアム・ルスカ戦を皮切りに
ボクシングのモハメッド・アリ、マーシャルアーツのザ・モンスターマン、
そして『格闘技世界一決定戦』の締め括りが極真空手の
ウィリー・ウイリアムスでした。


当時、漫画『四角いジャングル』(梶原一騎原作)でその異種格闘技戦シリーズの物語が描かれていました。


その頃は、極真空手が「地上最強のカラテ」と呼ばれていました。
そのため「格闘技世界一」を標榜していたプロレスラー・アントニオ猪木の
異種格闘技戦シリーズの頂上に君臨していたのが極真空手の
ウィリー・ウイリアムスでした。



ウイリー・ウイリアムス


このウイリー・ウイリアムスは熊と対戦して勝利?していることから
“熊殺し”の異名持つ極真空手最強の格闘家と言われていました。


1980年にて蔵前国技館でアントニオ猪木VSウイリー・ウイリアムス戦は
行なわれました。


1976年にはじまった異種格闘技戦シリーズの完結戦とも言える
対戦でしたから・・・・


この時、僕は高校生になっていましたが興奮しましたね!
でも今から考えるとルールは滅茶苦茶でした。


プロレスルールにラウンド制を導入して、しかも打撃系の格闘家は
ボクシンググローブ着用という奇怪なものでした。
また、その頃のプロレスルールでは“チョーク”攻撃も反則でした。




≪“格闘技オタク”の苦悩の日々
アントニオ猪木VSウイリー・ウイリアムス戦が僕の格闘技オタクとしての
苦悩のはじまりでした。


試合は、第一ラウンドでウイリーのキックが猪木の肋骨を折り、
その後のラウンド(何ラウンドだったか記憶が無い!)で猪木がウイリーに
リング場外で「腕ひしぎ逆十字」を極め、そのまま両者ドクターストップで
引き分けという結果でした。


その試合を観て僕は、ある疑問が頭の中を過ぎりました。


もしもリングの場外に出られず格闘家同士が同一のルール、
同一条件(要するに素手)で試合をしたらどの格闘技が強いのか?


その時の高校生だった僕が出した結論が
  「最強格闘技は柔道ではないのか・・・・?」
と言うものでした。


僕は格闘技オタクの友人たちに「柔道最強説」を恐る恐る語ることも
多々ありました。


しかし、友人たちの反応はいつも同じだった。
「お前、頭がおかしくなったのか〜。極真空手が最強に決まっているじゃ〜ん」


そうなんです。極真空手は「地上最強のカラテ」を標榜し、
世間も?それを認めていた時代です。


しかし僕は同一のルール、同一条件(要するに素手)で試合をした場合を
頭の中で想像してみると、どうしても「柔道最強説」に行き着いてしまう。


その後、時代の流れには逆らえずに、僕は「柔道最強説」を
すぐに封印しました。




◆“柔道への想い”再び・・・・◆
しかし、今から考えると「どの格闘技が最強か?」なんて答えの出ないことを
真剣に考えていたこと自体、ガキと言うかなんと言うか・・・・(苦笑い)


そして月日は流れ1990年代に入り、日本のプロレス団体は
分裂をはじめました。


そんな中、台頭してきたのが、所謂『U系』と呼ばれる団体でした。
やっぱり『U系』が現在の総合格闘技にかなり近いプロレスを
していたのかなぁ〜


1993年9月に格闘技オタクの僕も30歳になっていました。
  「もう“格闘技オタク”なんて言っていられない歳かなぁ〜」
なんて考えていました。


しかし、同年12月にあの高校生の頃の熱い“格闘技オタク”魂を覚醒させる
事件が起こったのです。


米国で第一回UFCトーナメント(アルティメット大会)が開催されたのです。


このUFCは、まさに、僕が高校生の頃、思い描いた理想の
格闘技ルール上で異なった格闘家が試合をするものだったのです。


結果は、皆さんがご存知の通り柔道着を着た(実は柔術衣だった)
グレイシー柔術のホイス・グレイシーが圧勝でトーナメントを制した。




僕はこのUFCの第一回大会の模様を当時、テレビ朝日「リングの魂」という
番組で観ました。


 「だけど“グレイシー柔術”って何だろう?」
 「ホイスが着ているのは柔道着だよなぁ〜」


その時、グレイシー柔術は、ブラジル格闘技界では有名だったそうですが
世界の格闘技界では無名でした。


僕はすぐに“グレイシー柔術”について調べました。


そして、グレイシー柔術の歴史を紐解くと明治期にブラジルへ渡った
柔道家・前田光世に辿り着いたではありませんか!


※詳細は【格闘技@歴史アーカイブス】【柔術@ライフスタイル】
ご覧下さい。


すると、あの高校生時代の熱い思いが沸々と蘇って来るのが自分にも
分かりました。

  「やっぱり柔道は格闘技として優秀なんだぁ〜」




◆実録:僕が黒帯になるまでの歩み◆
グレイシー柔術の活躍をきっかけに僕はず〜っと「柔道をやってみたい」と考えていました。


フジテレビ風に言うと「きっかけはぁ〜UFC!」・・・・(汗)


  「でも、30歳過ぎてもう若くないし、仕事もあるしなぁ〜。」
などと自分を納得させる日々が10年間程続きました。


その間、格闘技界も様変わりし、総合格闘技の人気が定着してきました。


そして、2004年7月に当時勤務していた会社の事務所が虎ノ門から
水道橋へ移転となりました。


移転作業を2日間で終わらせてから、事務所付近を探索しました。
事務所の目前には後楽園のジェットコースターが凄い轟音と女性の悲鳴を
振り撒きながら走り廻っていました。


その通りを歩いていると突然、ある建物が目に飛び込んできた。




白山通りを挟んで事務所の斜向かいに柔道の総本山『講道館』が
あるではないですか!


  「う〜ん」と1ヶ月間程考えました。


  「柔道やってみたいなぁ〜」
  「でもなぁ〜。もう40歳過ぎちゃたしな〜」


しかし考えていても仕方ないので、
  「40歳過ぎていても講道館へ入門できるのか?」
を聞きに行く事にしました。


講道館の受付で年齢のことや稽古内容等についていろいろ質問しました。
すると特に問題は無さそうだ。


  「よし、やろう!」
と8月中旬に決心する。


入門は『学校 講道館』で、約1年間で初段の取得を目指すという
カリキュラムです。
また東京都各種学校にも認定されています。


詳細について興味のある方は、講道館ホームページをご覧下さい。


『学校 講道館』の稽古は、PM5:30〜7:00で平日の月曜〜土曜日の
毎日です。


柔道未経験者や初心者は普通課程(3ヶ月間)を受講した後に
特修課程(9ヶ月)へ進みます。


僕は、まずはじめに、勤務先の社長に一応許可をもらうために話をした。
  「ちゃんと仕事をすればOK」とあっさり!


次に柔道経験者で現在アームレスリング道場を主宰している友人に
いろいろ話を聞きに行く。


すると、いきなり入門するよりは、少し筋力トレーニングをして、
基礎体力をつけてからの方が良いのではないか?とアドバイスを受ける。


そういえば小学〜中学生まではサッカー・高校〜23歳まではサーフィンを
していたがそれからスポーツなどしていなかった・・・・


その友人のアームレスリング道場にはトレーニング用のベンチプレス等が
あるので週に3回トレーニングに通うことにする。


トレーニングメニューも友人が作ってくれました。
この筋トレメニューが結構ハードだった!


8月末から筋トレを開始する。
いざ筋トレをはじめてみると、相当身体がなまっているのが自分でも判った。


9月に入り僕も41歳となる。
筋トレをはじめてから1ヶ月後9月末に、もう1ヶ月間筋トレを
続行することにした。
理由は想像以上に身体がなまっていたためです。


そして2004年10月26日に講道館へ入門願書を提出しました。
講道館の担当の先生と簡単な質疑応答の後に、その場で入門を
許可されました。


その質疑の中で入門の動機を聞かれたので、僕は胸を張って
  「格闘技が大好きだから・・・・」
と答えた。(笑)


先にも記したようにグレイシー柔術の歴史を紐解くと柔道家・前田光世に
辿り着く。


つまり講道館は『バーリトゥード(Vale−Tudo)』発祥の地とも言えますね!




講道館で稽古開始
11月1日より稽古開始!
稽古内容は後述しますが、まぁ〜いろんなひとが稽古に来ていました。


年齢でいうと下は小学生から上は60歳位の年配の方まで実に幅広い。
50歳代で柔道をはじめる方も多数いらっしゃいますよ!
超アンチエイジングですね!


職業だと警視庁関係に就職希望の学生・学校の先生・脚本家等々。
中には外国人ミュージシャンもいたりして国際色も豊かです。


まさに『なんでもあり!』って感じです。


でも入門者は格闘技好きが沢山いますので、話題には事欠かないですよ!




普通課の稽古内容
僕は柔道未経験者だったのでまず始めに普通課を3ヶ月間履修しました。
特修課に進むにはこの3ヶ月間で稽古への出席が40日以上必要となります。


そして普通課終了時に簡単な試験がありそれにパスすると
五級が授与されます。


1回の稽古内容
最初の30分は、準備体操と各トレーニングを行ないます。
ストレッチ
トレーニング(腕立て伏せ、腹筋&背筋運動等)
回転運動(前転、後転、側転等)


残りの1時間は受身、(投げ技等の)打ち込みを行ないます。
この普通課程の3ヶ月間で必ず習得しなければならないのは「受身」です。


特修課に上がってから「乱取り」をしますが、受身が出来ないと大怪我の
元となります。


当然、怪我をしたら稽古は出来ませんので柔道の上達は見込めません。
極端な話、この3ヶ月間で受身だけちゃんと出来るようになれば良いのです。


後は投げ技の基本形・寝技では抑込技の形だけ覚えればOKです。
「受身」さえ出来れば日本代表クラスの選手とも乱取りが出来るのですよ!


『PRIDE』で活躍しているアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラが
雑誌のインタビューで次のように言っています。


「投げ技、寝技の練習より、受身の稽古をじっくり積む事が大切だと思います。それが強くなるために最も重要です。」


ノゲイラは、柔道もやっていたのですよ!(黒帯・段位は不明)


僕は2005年1月末になんとか普通課程を修了しました。

しかしこの3ヶ月間は全身と首が物凄い慢性筋肉痛でした。
やはり、筋トレと実践とでは大違いなのを改めて理解した。


参考までに・・・・
柔道着は、生地が厚いため洗濯後は、なかなか乾きません。
出来れば柔道着は2つ用意することをお勧めします。
柔道着は洗濯しないと臭いが出ますので注意しましょう。




特修課の稽古内容
2月から特修課に進みました。


特修課を卒業するには最低この9ヶ月間で稽古への出席が
120日以上必要となります。


そして卒業後に「投げの形」の試験があり、それに合格すると
晴れて初段(黒帯)となります。


特修課程に上がると立ち技・寝技の両方で「乱取り」が加わります。
それと寝技では締め技・関節技を習得します。


先にも述べましたが、「受身」さえ出来れば特修課の稽古は
かなり楽しめます。


また月に一度昇級試験があり四級以上は試合形式で行なわれます。
勝つことも大切ですが、礼法等も問われます。


1回の稽古内容
最初の30分は普通課と同じです。


残りの1時間は打ち込み ⇒ 投げ込み ⇒ 乱取りの順番で稽古を行ないます。


ここで関節技のトリビアを一つ紹介します。
プロレス等で「腕ひしぎ逆十字」と言われる関節技がありますが、
正式には「腕ひしぎ十字固」と言います。


  「へぇ〜」


7月には暑中稽古等もあります。
講道館7階の大道場は当然、冷房設備はありませんのでかなり暑いです。
この時期に「乱取り」稽古をやるとかなり持久力がつきます。



講道館大道場(7F)


9月に入り僕が42歳になる頃には順調に1級まで辿り着いていました。


この時期に『2005世界柔道選手権大会』へ出場する日本代表選手の壮行会が7階大道場で行なわれました。
なぜか、フジテレビの内田恭子アナウンサーも来てました。


それとびっくりしたのがその壮行会の日にホイラー・グレイシーも
講道館に来ていた。


たぶん9月7日『HERO'S』ミドル級トーナメント(VS山本“KID”徳郁)へ
出場するために来日していたのだろう。


しばらく僕たちの稽古を見学していたのが原因か、どうかは定かではないが、
ホイラー見事KO負けだった・・・・


10月末の試験で卒業の手ごたえがあったので「投げの形」の講習を
早めに受講する。


「投げの形」とは2人1組で9種類の投げ技を左右両方で行なうものです。
投げる方を「取り」・投げられる方を「受け」として決められた順序で技を
かけて行きます。




僕は『投の形』のDVDを購入して繰返し見ていたので、
特に問題ありませんでした。


そして10月末の卒業試験を合格し、すぐに「投の形」試験を受けて
運よく合格しました。


入門してからちょうど1年後の2005年11月1日に初段(黒帯)に
なりました。




でも、黒帯になったときはかなり嬉しかったなぁ〜
稽古も楽しかったので、あっと言う間の一年でした。


老若男女を問わず少しでも多くの方々に柔道は勿論のこと、すべての格闘技を
実践して楽しんでもらいたい、そして、黒帯になった記念として
このサイトの開設を思いつきました。


少々長くなりましたが、以上で僕のプロフィール?を終わります。




最後に35歳を過ぎて格闘技をはじめようと考えているアンチエイジングな
あなたへのアドバイスです。


ある程度の年齢になっても、無理をしすぎず、摂生をして、楽しみながら
コツコツ稽古を続ければ大丈夫です。


どうかあなたも頑張ってください!
そして格闘技を思いっきり楽しんでくださいね!


最後までお付き合い頂きありがとう御座います。




追伸:
ただいま【格闘技@ライフスタイル】では、相互リンクを募集中です!
格闘技・フィットネス・ダイエット〜音楽・ファッション等のサイト運営者の方、
ご連絡をお待ちしています。
※相互リンク集ジャンルと無縁のサイト様とのリンクは行なっていませんので
  ご了承下さい。


特に、
地域密着型で格闘技をスポーツとして老若男女が楽しめる道場・ジム・
サークル等
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よろしくお願い致します。


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